フィンテック・金融

【1984年】統制からの自由とデータビジネス

こんばんわ。

働いても働いても楽しさしかない飯田です。

好きなことを仕事にするのもいいけど、仕事を好きになるのも悪くないと思うこの頃。
どんな仕事でも、誇りをもって少しでもいい仕事をしようとしている人は学ぶところしかないです。

最近新聞や雑誌等で”1984年”や”ビッグブラザー”、”管理社会”なんて言葉をよく耳にしませんか?

イギリスのジョージ・オーウェルという作家が書き、1949年に出版された小説です。

1984年の世界観、何を描いた小説か

小説1984年では、世界が3つの大国に分離されていて各国は絶えず戦争を繰り返しています。

言論・思想等には徹底的な統制がかけられ、人々はテレスクリーン・至る所にしかけられているマイクで行動を管理されています。

主人公は役人として、自国の歴史となる記録を絶えず改ざんしていく仕事をしています。

改ざんを繰り返していくと、もはや何が本当に起こったか何が起こっていないのか分からなくなってきます。

ひょんなことから、彼は体制に疑問をもち、禁止された思想をもったり行為に手を染めることになり・・・

というストーリーです。

ぜ今1984年が取り上げられているのか?

1984年の世界では、双方向テレビジョンというテレスクリーンや、マイクで人々は行動を管理されています。

テレビやマイクを、位置情報(GPS)・防犯カメラ・キャッシュレス決済やネットショッピングによる購買履歴の把握等に置き換えてみてください。

あなたがスマホを持っていれば、GPSで位置が特定でき、またスマホの電源を切っていても、防犯カメラ映像をAIで画像解析させれば、位置情報の特定が可能でしょう。

また、あなたの購買履歴や趣味嗜好は、丸裸です。
(成人向ビデオや、人に言えないコンプレックス解消のために購入したものも、データエコノミーでは企業の大事なネタとなります)

やけに自分が気になっている商品が、WEB広告に表示されたりしませんか??
正気気持ち悪いですよね。

々にマッチしたサービスの提供、利便性の向上

上記の広告の例や、GPSによる位置情報の特定等、これにより企業は顧客のニーズに合わせた商品提供が可能となります。

例えば、北海道でお腹を空かせてる人に沖縄にあるおいしいタコライスのお店を紹介しても、嫌がらせにしか思えませんよね。(特にお腹が減って気が立っている時等)

企業が自ら売りたい商品を売る、提供したいサービスを提供する・・・そういう時代は終わりつつありますよね。

もちろん全部ではないですが、、きょう日、自分がいいと思ったものを一方的に提供する行為はあまりおススメできないです。

良くも悪くも、消費者の好みに合わせた商品、または消費者も気づいていない潜在的なニーズを掘り起こす商品。

データエコノミーによる、属性ごとの消費性向の分析やAIによるディープラーニングにより、このような商品提供が可能となってきました。

どうよ!!これ!?これどーよ!!!(ドヤっ)みたいな売られ方があまり無くなってきたわけです。

由でいる権利、忘れられる権利

例えば、あなたが若気のいたりで肌を露出した写真を撮影されたとします。

それを誰かがネット上にアップした場合、知らない間にあなたの写真は世界中に拡散され、それを見た誰かがまた保存して更に拡散するかもしれません。

こうなると、削除要請をしても完全に情報を削除することは難しいでしょう。

これは写真だけでなく、あなたの位置情報・購買履歴・検索エンジンでの検索ワード・・・

数えきれないくらいのあなたの足跡がインターネット上には残されています。

2011年にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で合意された枠内でのデータ移転ルール(CBPR)では、企業が持つ個人データについて認証団体の審査に通ればデータを国外に移転できる枠組みがあります。

同様に顔や名前と先ほどの位置情報・購買履歴や個人的な嗜好、果ては性癖まで知らない間に情報は、国をこえて企業間に共有され、あなたのことを「家族よりも知る」企業が増えるわけです。

これが企業でなく政府にも情報として保有された場合、政府は国民の管理・統制が容易になります。
あくまでも、そのような利用の仕方をすればですが・・・

インドでは、政府が個人の情報にアクセスした場合、必ずその旨が記録され国民は把握できるようになっているそうです。

まとめ

データエコノミーによる利便性の向上は、自由・知られない権利と背中合わせ
便利さの裏側には、あなたのデータをもとに利益を得ている企業がいることを覚えておいた方がいいでしょう