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【前編】音楽とノンストップ飯田

こんばんは。楽しいこと(やりたいこと)が多すぎて1日48時間は欲しいノンストップ飯田です。

最近Twitterによく1分半~2分くらいのお目汚し動画を投稿していますが、音楽が大好きなのです。

といっても、別に上手いわけではないのですが(笑)

つらいことや悲しいことがあった時に、音楽に救われることってありますよね。

曲を聴くことでも、自分が歌うことでも音楽って人の生活と密着しているものだと思います。

今日は、音楽との出会い、これまでの付き合いかたについて書きたいと思います。

ンストップ飯田、音楽と出会う

飯田が音楽と出会ったのは、小学校6年生の時でした。

当時は、B’zを良く聞いていたのですが、事件は大みそかに起こりました。

Xという訳の分かんない恰好をした男たちが凄まじい音圧で、Silent Jealousyという曲をぶちかましたのです。

大みそかのお茶の間に(笑)

飯田少年はあっけに取られて、ぽかーんです。

その次の日に両親からもらったお年玉と祖父母からいただいたお年玉を握りしめて、吉祥寺の新星堂でXのJealousyというアルバムを購入しました。

家に帰宅すると、さっそくSilent Jealousyのエンドレスリピートが始まります。

この曲、聞いても聞いても新しい音が聞こえてくる感じがして(特にYOSHIKIのツーバス)、聞いても聞いても飽きないのです。

どうやらあの人たち、訳わからない格好だけじゃなくて、演奏もヤバい人たちなんだなと飯田少年はすぐにXの虜になりました。

ラオケでひたすらXを歌う異常な飯田少年

当時、カラオケボックスがはやり始めていて、今思うと不思議な設置場所ですが、

ボーリング場に2,3人入れるくらいの、証明写真撮影機みたいなカラオケボックスがありました(笑)

ここで、飯田少年は親友だったM君とひたすら、Xを歌い続けました。

Silent Jealousy,WeekEnd,紅等、とにかく歌いまくりました。

その時、M君はひたすらB’zを謳っていました。

X歌っててもモテねえだろ・・・当時の飯田少年に教えてあげたい(笑)

田少年、バンドを組む

そんなこんなで時は流れ、飯田少年は中学生になります。

その間もひたすらXを聴き続け(何年聞くんでしょう 笑)、飯田少年はバンドをやりたいと思うようになります。

M君とは別の学校になってしまったため、音楽仲間がいなかったのですが、クラスで前の席に座っていた眼鏡をはずしたら美少年みたいなドエロ中学生が、音楽好きであることが判明します。
(彼はPCのエロゲームやエロ本を鎖国気味だった、飯田王国に伝えた伝道師でした 笑)

彼はヒューイルイス&ザ・ニュースというバンドが大好きで(バックトゥザフューチャーの曲といえばわかると思います)、実はバンドをやりたがっていたのです。

※2:10以降をご覧ください

正直、全く音楽の好みは相容れなかったけど(笑)

偶然の出会いに感謝しました。当時一緒につるんでいた友達たちと、4人でバンドを始めることになり、くじ引きの結果ギター担当となりました。(じゃんけんだったかも)

ンドの解散とギターの練習

テストでいい点を取ったらギターとアンプを買ってもらう約束をした飯田少年は、全力で勉強に取組見事、基準点をクリアしました。

買ってもらったギターは、確かFERNANDESのストラトだったと思います。

バンドメンバーにギターが弾けるやつがいたので、そいつから教わったり後はXのバンドスコア(楽譜)を買ってひたすら練習してました。(全然弾けてなかったけど 笑)

でも、これからバンド活動が始められるとワクワクしていたのを覚えています。

しかし、バンドは解散することとなります。

数多くのエロ本をくれた、彼が急死しました。

本当に突然のことで、正直僕はいまだにその事実をきちんと受け止められていない気がします。

彼は14歳のままで、僕だけどんどん年を取っていく、、、

人って本当にあっ気なくこの世からいなくなってしまうんだ・・・という、その事実だけを認識した記憶があります。

して再びバンドを組む

今度は中学3年の時です。

飯田少年はバスケットボール部でしたが、部活はサボりまくっていました(笑)

そんな中兄貴がめちゃくちゃギターが上手いという、同じバスケ部の落ちこぼれ仲間と、暴力事件と他の部を追い出された男、バスケ上手いけどもっとモテたいという4人の利害関係が一致し、再びバンドが結成されました。

飯田少年は再びギター担当となります。

中学3年の文化祭で、当時まだ誰それ!?って感じだったRED HOT CHILIPEPPERSのGive It Awayを半裸+髪の毛を染めてやると、これがめちゃくちゃウケました(笑)
(学校からは後ですごく怒られましたが)

ンテストでの快挙(!?)と第一次休止

すっかり気を良くした4人は、その勢いでYAMAHAのTeen’s MUSIC FESTIVALに応募。

無事テープ審査を通り、六本木のベルファーレで行われた本番で見事審査員特別賞を受賞します。

多分、まわりはミスチルとかやってたので、もの珍しかったんだと思います。

ポテトチップスを段ボールでもらって、持ち帰りにこまったのを覚えています。(笑)

その後は、高校卒業まで基本毎年の文化祭が唯一のステージで、それなりにファンはついたりちょっとだけモテたりしたものの、それくらいでみんな大学受験のためバンド活動は休止となります。

バンドがミクスチャーにのめり込んでいく中、飯田は中学の終わり頃からグランジにドハマりし、カート・コバーンを崇拝していました。

飯田の中で、ボーカルギターへの憧れと同時に、作詞作曲の試行が始まりました。

続きは後編で。

↓今回登場した曲たち

REDHOTCILIPEPPERS/BLOOD SUGAR SEX MAGIC

https://geo.itunes.apple.com/us/album/in-utero-20th-anniversary-remastered/706008781?mt=1&app=music&at=1000lPGz